ディープ引退 ヒーローを失った少年たちへ
「生まれかわったら ディープインパクトの子供で最強になりたいと思います」
中学2年生、まだ13歳の少年はそう書き残して、独り旅立った。遺言を記すにはとても似つかわしくない、プリント紙を上着のポケットに入れて。少年はバレー部主将を務め、学校を欠席することもなく、明るく挨拶する活発な子だった。祖父は「風呂の準備をしてあげるような優しい子だった」と声を詰まらせた。いじめの原因になったのは、1年生の時の担任教諭が心ないあだ名をつけてからかっていたことだという。自宅倉庫の鴨居にビニールの紐を結びつける時、少年の心に浮んだのはどんな風景だったのか。
少年はディープインパクトのファンだった。いじめが始まった頃、ディープはクラシックロードで敵なしの快進撃を続けていた。スタートすると決まって後ろにいるのに、「いざここから」とエンジンを蒸かすとビュンと加速してライバルたちをゴボウ抜き。ゴールでは影も踏ませない。学校帰りに自転車に跨り、淀の坂を下る気分でペダルを漕いだこともあっただろう。だから、自転車のネジを緩められても、いじめられてるなんて弱味を家族にみせることはなかった。むしろ、「将来は馬にかかわる仕事がしたい」と夢を語っていた。
少年が2年生に進級しても、ディープの強さは衰えることはなかった。天皇賞をレコードで駆け抜け、雨中の宝塚記念も泥を跳ねながら先頭で駆け抜けた。「ディープは最強だ! ディープは最強だ!」京都の馬場を疾走するサラブレッドに快哉を叫ぶ。競馬とは自分に代わって戦ってくれる存在を探すものである。同級生にトイレに連れ込まれズボンを脱がされた日も、ディープの走りを思い出して眠りについたはずだ。張り裂けそうな心を和らげてくれるのは、いつだって無敵のヒーローと相場は決まっている。
そして、ディープは世界一になるべく日本を飛び立った。負けるわけがない、最強なのだから。しかし、九州の田舎でテレビの前に座り、遠く異国の空の下で起きたことを見てしまったとき、人生にはどうにも覆らない何かがあることに気づいたのだ。そして、戦士はターフを去ることになった。だから、少年はディープの仔になって、自ら戦うしかないように思えたのではないか。だが、もし少年と同じ苦しみを抱える若者がいたら知ってほしい。どうにも覆らないものがあると気づいた時、新たな人生が始まるということを。

